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鶴ヶ城 - 会津若松市のシンボル的存在です。会津藩23万石の居城として、戦国時代、葦名氏が館を構え、以来、伊達、蒲生、上杉など数多くの大名が納めた歴史を持ちます。幕末の戊辰戦争では1ヵ月の籠城戦に耐え抜い・・・
飯盛山 - 白虎隊自刃の地としてあまりに有名な飯盛山。長い石段を登った先には白虎隊士19名の墓が建ち並び、参拝者による線香の煙が立ち上っています。周辺には隊士が辿った戸ノ口堰洞穴や世界的にも珍しい六角三層・・・
近藤勇の墓 - 東山町の天寧寺には新撰組局長近藤勇の墓があります。会津入りをしていた新撰組副隊長土方歳三が近藤の死を知り、この地に近藤の墓を建てたと伝えられています。墓石には近藤家の家紋とともに、松平容保公・・・
阿弥陀寺 - 七日町通りにある阿弥陀寺境内には新撰組三番隊長を務めた斎藤一の墓があります。鶴ヶ城落城後、斎藤は土方歳三らとは行動を別にし、会津に留まり戦い続けました。後年は藤田五郎という名で半生を送ったそ・・・
滝沢本陣 - 江戸時代に会津藩主が参勤交代や領内の視察の際、休憩所として用いた施設です。戊辰戦争ではここに本陣が敷かれ、新撰組や白虎隊士が出陣していったそうです。内部には砲弾跡や刀傷などが残っており、激し・・・
清水屋旅館跡 - 現在、七日町通りにある大東銀行会津若松支店がある場所には、かつて吉田松陰や土方歳三など、歴史的著名人が逗留した「清水屋」という旅館がありました。戊辰戦争の最中、土方は宇都宮城の攻防で足を負傷・・・
如来堂 - 新撰組殉難地。斎藤一ら会津に残った新撰組隊士がこの地に駐屯し、本陣を構えました。しかし、慶応4年(1868)、新政府軍の奇襲を受けます。隊は全滅したと伝えられましたが、斎藤ら数名は生き残りました。
会津武家屋敷 - 江戸時代の会津武士の暮らしぶりや文化を紹介する施設です。7000坪の敷地には当時の代表的な家老屋敷である会津藩家老西郷頼母邸をはじめ、旧中畑陣屋、茶室・嶺南庵などが復元されています。藩政時代の歴・・・